夜に恋して

 いざ酔いどれの街へ――

「早くしないとね」
 そう言ってスライドをガチャリと引いて弾薬を装填する。深呼吸を一拍、セーフティを解除、狙いは外さない。機械の駆動音が鳴ってから丁度四秒、飛び出して、狙いが合致する前に引き金を引き始めて、強引に照準を目標に合わせて発射した。劈く銃声に混じってバチュンッと木片が吹き飛ぶ音が聞こえた。大口径の自動拳銃を下ろして、的と私を隔てるカウンターへ置く。的に描かれた赤い点、そのすぐ左隣に大きな風穴が開いている。差し詰め九十点と言ったところか。
「こんなものね。もうちょっと命中精度いいと思ってたんだけど」
 ため息を吐いて足早に出口へ向かう。と言うのも只今の時間は夜の一時十三分。良い子と射撃訓練場はとっくに寝付いてる時間だ。通報されて警察沙汰になるなんて面倒ごめん、とっとと退散するに限る。出口で銃声を聞きつけた警備員とすれ違う。もう少し早く来ていれば透明人間が発砲していた等の証言でゴシップ誌の有名人になれたかもしれないのに。
「意地が悪いなお前は」
 心の何処かで感じていたことを呟いたのは私の口。ぺしんっと引っ叩いて黙らせる。ちょっと強く叩きすぎたか少しヒリヒリする。人には聞こえないとは言え、こう野放しだと私がおかしいように思われるからやめてほしい。脳内会話で済ませられるのにわざわざ声に出すのが、この小憎らしい悪魔の悪魔らしいところだ。
「貴方ほどではないわよ」
 そう言うと彼女は心のなかで「どうだかね」と返してきた。言われて素直にしてくれる辺りやっぱり私はこいつのことを嫌いになれない。そしてこれからも嫌いになることはないだろう。なぜなら私は彼女だし、彼女は私なのだから。とは言え喋り相手が悪魔だけと言うのも最近は飽き飽きしてきた。一緒に暮らしてるし、感じるものも見るものも一緒の私達だ。考える事も同じなら会話も似通っている。刺激がほしい。
「なら我輩とおしゃべりしてみる?」
 路地裏の影が少女の声と共に揺らめく。咄嗟に愛用のリボルバーを内ポケットから引き抜こうとするが、影から伸びてきた満点の星空には似合わない黒い日傘に腕をバシンと弾かれる。なかなか手強い。だが勘違いしないでほしい。銃はむしろ自制の品だ。本気の私ならこの寂れた路地を、一分もしないうちに大通りに変える程度のエネルギーがある。一気に駆け出して、コンクリートの地面を蹴って影に飛び掛かる。
「んふふ、黒姉ったら。我輩だよ我輩、ファウスト」
 ボワッと彼女が持つランタンに火がついた。中から出てきたのは、いつもの古臭い燕尾服に似た紫のコートの女。彼女はファウスト、私に宿る悪魔の妹。一応私の妹になるのかはよくわからないが、彼女自身は私達を別々に扱ってはくれないからきっと私も姉なのだろう。それより時代錯誤のオイルランタンがやけに目立つ。年代物だろうか、高く売れそうだ。
「珍しいなこんなところで。こっちにはいつ頃来た?」悪魔が口の主導権を奪って尋ねる。
「んっ、いや、久しぶりに黒姉に会いたかっただけだよ。我輩の頼れる姉三人の内現存するのは黒姉しかいないから」
 そう言うと彼女は私の腕に抱きついて、甘えるように頬を肩に擦りつけてくる。姉として甘えられるのは私自身は余り経験がないので、なんだか変な感じだ。鼻の周りがなんだかむず痒い。こんなのを誰かに見られたら恥ずかしさで弾けてしまいそうだ。横目で見える煌めくガーネットの上目遣いが、更に私をそわそわさせる。
「さぁさ、夜も遅いしとっととホテルへごーごー」
 彼女に背中を押されて暗い路地裏を進んでいく。こんな方向にホテルがあるとは思えないのだが、きっと悪魔専用の秘密の通路か何かがあって、そこでいっぱいお姉ちゃんお姉ちゃんと甘えられちゃったりするのだろうか。ただひとつわかるのは、私も悪魔もまんざらでもないということだけだ――

 【夜に恋して】銀河泥棒ネヴィア、登場。

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